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7話-2 帰る家。

last update Last Updated: 2025-04-11 20:00:56

リリーシャの命令通り、台所周りとここの窓拭きをしっかりとして終え、

家令であるラズールに図書室までの案内と扉の鍵を開けてもらい、はたきで掃除を始める。

すると気になる分厚い料理の本を見つけた。

帝都の本屋の時は興味はあったものの、結局読まずに終わってしまった。

だからこの本は少しだけでもいいから読んでみたいけれど、

(勝手に見たらだめよね…………)

そう息を吐いた時だった。

ラズールが古い本棚から料理の本を取り、なぜか自分に手渡す。

「あ、あの?」

「好きなだけ読んで良いですよ」

「あ、ありがとうございます」

フェリシアはお礼を言って、本を開いた。

するとページを捲(めく)る度に知らない豪華な料理ばかりで驚く。

「フェリシア様はほんとうに何事にも熱心ですね」

貴女のような人がエルバート様の花嫁候補に選ばれて良かったと心から思います」

そんなふうに初めて言われ、気恥しい。

けれど、自分もブラン伯爵邸の家令と執事長を任されているのがラズールで良かったと心から思った。

そうして図書室の掃除も終え、中庭に向かうと、

長い前髪に、髪を三つ編みして丸く透明な宝石がいくつも煌いた紐で一つに束ねたお洒落な青年がいた。

その青年は首を傾げ、自分の顔を覗き込む。

三つ編みと共に紐の宝石も揺れ動いた。

「あなたがフェリシア様かい?」

急なことに驚いて固まると、青年は状況を理解した。

「おっと、これはすまない、花のように綺麗だったものでして」

(わたしが綺麗……!?)

「庭師のクォーツ・シーニュと申します」

「クォーツ様、は、初めまして。フェリシア・フローレンスです」

挨拶を返すと、クォーツはにっこりと笑う。

「それでフェリシア様は何をしにここへ?」

お花を摘みたいところだけれど、見るからにクォーツはお花の剪定の準備をしている最中のよう。

これ以上は邪魔をしてはいけない。

「エルバート様の寝室の花瓶に飾るお花を摘みに参りました」

「ですが、今はこれで失礼致します」

去ろうとすると、クォーツが声を掛けてきた。

「ならば、こちらのブルーの花はどうでしょう?」

「エルバート様のお気に入りの花でして」

「エルバート様の?」

「ええ、摘んだら喜ばれるかと」

「では準備が完了致しましたので私はこれで」

(あ、向こうに行ってしまわれたわ……逆に気を遣われてしまった……)

ブラン公爵邸の住人は皆、自分に優しい。

この場所にずっといられたらと思ってしまう。

クォーツがこの場から去った後、ブルーの美しいお花を摘み、台所へ向かう。

しかし、リリーシャはおらず、長机にそのお花を置く。

その時だった。

首元の違和感に気づき、両手で首元に触れる。

ない。

大事な魔除けのネックレスが。

魔除けのネックレスはちゃんと付けていろ、と、

家の外には極力出ないように、とエルバートに言われていたのに。

(きっとお花を摘んでいる時に中庭で落としたのだわ)

フェリシアは台所から駆け出した。

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    * * *「フェリシア!!」エルバートの悲痛な叫び声が皇帝の間に響き渡る。フェリシアが魔に弾かれた時、彼女の口元が微かに動いたように見え、お ま も り で き てよ か っ たそう言っているように思えた。恐らく、フェリシア自身は気付いていない。心の中で思った言葉が自然と口に出たのだろう。エルバートはフェリシアの元に駆けようとするも、ルークス皇帝の姿が目に入り、ぐっと堪える。フェリシアを今すぐにでも助けたい。だが、(私はルークス皇帝に仕える身。ルークス皇帝を優先に守らねば)エルバートは切なげな顔を浮かべる。すまない、フェリシア。少しの間、待っていてくれ。エルバートは冷酷な顔で剣に手をかけ、抜く。「魔め、フェリシアをよくも!」「ルークス皇帝には触れさせない」魔は袖の中で左右の手を合わせ礼をする仕草から両袖をバッと広げ、少し見えた左右の手から黒き液体のような炎を無数に放つ。エルバートはその炎を瞬時に斬り、浄化していく。だが、一部の炎が軍服の袖を少しかする。すると袖が少し溶けた。袖だけで済んだが、この炎は触れたものを全て溶かすらしいな。魔は炎を放ち続け、エルバートも斬り、浄化し続ける。「くっ」これではキリがない。そう思った時だった。神の憤りのような物凄い気迫を感じた。すると魔も感じ取ったのか固まる。「エルバートよ、我と共闘せよ」玉座から立ち上がったルークス皇帝が気迫を放ちながら言い、玉座の踏段を凛々しい光を司る神のような姿で下りてくる。そして、エルバートの隣で剣を抜く。「今から詠唱を唱える」「お前にも詠唱の言葉を脳裏に流すによって、続けて唱えよ」「はっ! ルークス皇帝の仰せのままに」エルバートがそう答

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   14話-2 皇帝とご対面。

    「フェリシア、そしてエルバートよ、顔を上げよ」フェリシア達は跪きながら顔を上げる。(帽子のショートベール越しでは、よくルークス皇帝のお姿が見えないわ…………)「フェリシアよ、顔が良く見えん。帽子を取れ」フェリシアは命じられた通り、帽子を取る。すると、天蓋付きの玉座につくルークス皇帝の姿が鮮明に両目に映った。美しい紫髪に、エルバートが言っていた通り、優しく穏やかな雰囲気で、(まるで、神様のようだわ)「ほう、これは別嬪であるな」フェリシアは唖然とし、エルバートも驚く。(わたしが別嬪!? お世辞かしら…………)「フェリシアよ、会えて嬉しく思うぞ」「どうだ? ここは心地良いだろう?」そう言われて気づいたけれど、確かにとても気分が良く、体も軽くなっているような。「はい、とても心地が良いです」「ここは特別な結界で守られているからな」「そして今日、エルバートにここに連れて来させたのは、お前のことを知りたいと思ったからだ」「よって、フェリシアよ、我の元へ上がってまいれ」「か、かしこまりました」(わたしのようなものが、ほんとうに上がっても良いのかしら…………)フェリシアはそう思いつつもルークス皇帝に命じられた通り、玉座の踏段を上がっていく。するとルークス皇帝が玉座から立ち上がる。「右手の甲を差し出せ」「は、はい」フェリシアは右手の甲を差し出す。「少しの間、触れる」ルークス皇帝はそう言い、フェリシアの右手の甲に触れた。そしてルークス皇帝は納得すると、触れるのを止める。「エルバートよ、そのような顔をするな」(あれ……? ご主人さま、な

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   14話-1 皇帝とご対面。

    宮殿内は豪華絢爛で、もっと圧倒され、すぐさま使用人達の注目の的となった。「あの方がエルバート様の胃袋をお掴みになられたフェリシア様?」「これからエルバート様と共にルークス皇帝とお会いなされるそうよ」「すごいわ。けれど、フェリシア様は今後エルバート様にご婚約を破棄され、エルバート様は正式にアマリリス嬢をお選びなられるとの噂よ」「そうなの? もし噂がほんとうならお気の毒ね」そんなコソコソ話を聞いても、圧倒されているせいか、さほど気にならず、やがて、執務室の前でルークス皇帝の側近が足を止め、フェリシア達も立ち止まった。「こちらが控え室となります」「控え室が執務室だと? 貴賓室の間違えではないか?」エルバートがルークス皇帝の側近に問いかける。「いつもおられる場所が落ち着くと思い、執務室と致しました。ルークス皇帝のご準備が整うまでこちらでしばらくお待ち下さい」ルークス皇帝の側近が執務室の扉を開け、ディアムは廊下で見張る為、フェリシアとエルバートのみ中に入る。するとメイドがワゴンで紅茶とお菓子を持って来て、テーブルに置き、出て行くと扉が閉まった。(ここがいつもご主人さまが執務をなされているお部屋……。書斎よりも広いわ)そう感激していると、エルバートがソファーに座る。「フェリシア、隣に座れ」フェリシアは声をかけられ、ハッとした。(つい、嬉しくて、ご主人さまを置き去りにしてしまっていたわ)「は、はい」フェリシアはエルバートの隣に座る。そして、エルバートと共に紅茶を一口飲む。(あ、美味しい……)少し気持ちが落ち着くと、廊下でディアムが誰かと話している声が聞こえ、扉が開く。優しそうな青年、明るく元気な青年、顔が整った青年が続けて入って来た。するとエルバートは嫌な顔をする。「ディアム、なぜ私に一言もなく開けた?」

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